旅先で出会う意味

その場限りの出会いに意味はあるのか?

その場限りでも、互いに救われる出会いがある。

私は建築マニアなので、気に入った建築を見に行く為に何日もかけて辺鄙な場所へ出かけていきます。何年か前、スイスの片田舎に、ズントー(スイス人の建築家)が設計した長屋住宅を見に行きました。

建物は個人宅なので、外側からそっと見学させてもらおうと思っていました。
ふと見ると長屋と長屋の間に、通り抜けできる通路が一本通っていたので、その通路をゆっくり歩きながら両脇の長屋を見ていました。

通路で咲く花を窓辺に飾っている家があり、つい立ち止まってしまいました。
ふいに中にいたおじいさんと目が合ってしまい、手招きされました。
これは注意されると思い、素直に謝って許してもらおうと、玄関に近づきました。
すると、「久しぶりではないか、お茶でも飲んでいってくれ」と言われ中に招き入れてくれました。

内心これはまずい展開になったと思い、正直に話すことにしました。
「自分は日本からこの素晴らしい長屋を見学する為にやってきました。勝手に覗いたりして申し訳ありません。」と謝りました。
おじいさんは、私をたまに来るデーサービスの人だと勘違いしていたそうです。
そして「驚いたな!極東からこんな、老いぼれの住む家を見学しに来たのか?」と心底びっくりした様子でした。

私は夢中で、この家の素晴らしさや、設計したズントーの素晴らしさを聞いてもらいました。おじいさんは、私の話に耳を傾けてくれて、「今年一番の嬉しい訪問者だ。」と言ってくれました。

長生きしていたら、極東からはるばる、日本人が訪ねてきてくれるんだなあ。
膝を悪くしてからは、殆どどこにも出かけられず、最近はふさぎ込んでいたと話してくれました。

私は、初めて会ったスイス人のおじいさんを、とても身近に感じることができました。
そして、通りがかりの人と自然と交流を即すこの住宅の素晴らしさを実感しすることができました。

この出会いは、時間にするとほんの30分くらいです。
このおじいさんに再び会う確率は殆どないかもしれません。
しかし、ほんのひと時の出会いでも、一生心に残る出会いがあるものです。

先日、悲しい旅の出会いを書きました。
どちら出会いも思い出深い出会いです。
二度と出会うことがない人達かもしれません。
しかし、出会ったことにより確実に私の中で何かが芽生えた出会いでした。